今年8月、幕張メッセに約1万2000人が集まった。走って、押して、引いて、担いで、また走る——それだけのレースに、16歳から76歳までが、だ。HYROX(ハイロックス)。ジムで積み上げてきた筋トレと有酸素を「一つの数字」に変えるこの競技が、世界の鍛え方を静かに書き換えつつある。何が人を並ばせているのか。分解してみる。
1kmのランを8本、合間に8種目
1kmのランニングを8回。その合間に、8つのワークアウトステーションを挟む。SkiErg(スキー漕ぎマシン)、そりを押すスレッドプッシュ、引くスレッドプル、バーピーブロードジャンプ、ローイング、重りを提げて歩くファーマーズキャリー、サンドバッグを担ぐランジ、そしてウォールボール。種目・順番・重量は世界共通に標準化されていて、どの都市の記録とも比べられる。逆立ちも高難度なバーベル種目も出てこない。「完走を狙える設計」と「世界共通の物差し」——この2つが、この競技の発明だ。
2年で57万人から、150万人へ
2017年にドイツで生まれた。24/25シーズンに世界で約57万人だった参加者は、25/26シーズンには105レース・約150万人へ。主催者は26/27シーズンに107のレースウィークエンドで200万人超を見込むと発表している。日本では横浜、大阪(8,087名)に続き、2026年8月6〜9日に幕張メッセで「AirAsia HYROX Chiba」が開催され、約1万2000人が出走した。国内では2027年1月に大阪、4月に名古屋の開催が決まっている。
「筋トレも有酸素も」は、流行より先に国の推奨だった
「筋トレも有酸素も」という組み合わせは、流行より先に公的な推奨になっている。厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」は、成人に筋トレを週2〜3日行うことを推奨したうえで、「有酸素性身体活動と組み合わせるとさらなる健康増進効果が期待できる」と記載している。 また東北大学などの研究チームは2022年、筋トレを週30〜60分程度行う人は死亡や主要な疾病のリスクが低い傾向があることをメタ解析で報告した。HYROXが面白いのは、この「両方やる」を練習メニューの心がけではなく、競技のルールとして強制するところだ。
ジム通いに足りなかったのは「締切」だった
ここからは編集部の見立てだ。ジム通いは、続くほど「何のためにやっているのか」が薄れていく。HYROXが与えるのは締切と、一つの数字だ。完走タイムという物差しができた瞬間、バラバラだった筋トレと走り込みが、同じ目標に向かう練習に変わる。市民マラソンが「走る理由」を大量生産したのと同じ構造で、HYROXは「鍛えた体を使う日」を用意した。そして目標のある人ほど、休み方まで丁寧になる。レースから逆算すれば、回復も練習のうちだと分かるからだ。
では、なぜ今なのか。3つあると見ている。第一に、ジム文化の成熟。筋トレ人口は積み上がったのに、その体を試す場はコンテスト(見た目)かマラソン(心肺)に偏っていて、中間の受け皿がなかった。第二に、標準化とSNS。世界共通ルールだから記録が比較でき、比較できるものは共有される。第三に、物語の速さ。フルマラソンほどの準備期間を要さず、それでいて「完走した」という称号には十分な重さがある。忙しい働き手が数ヶ月で「アスリートの物語」を手に入れられる——時間のない頑張り屋のために設計されたような競技なのだ。
レースに出なくても、盗めるもの
レースに申し込まなくても、設計思想は今週から盗める。
- 筋トレと走りを分けない日を週1つ作る。 同じセッションに両方を少しずつ入れてみる
- 「脚が重い状態で走る」を少量だけ試す。 スクワットの後に500m〜1kmだけ走る。HYROXの核心はこの感覚にある
- 自分の「完走タイム」を一つ決める。 たとえば「1kmラン+自重スクワット50回」の合計タイム。数字ができると、日々の練習と回復に意味がつく
いずれも強度は控えめから。体調に不安がある人は無理をせず、必要に応じて医師に相談を。


