佐久市は2011年12月、「世界最高健康都市構想」と、それを施策に落とし込んだ「世界最高健康都市構想実現プラン」を策定した。この構想が掲げたのは、健康寿命でも受診率でもなく、市民が日常でどう感じているかという主観の指標だった。

「類を見ない健康な都市」は、まず言葉として定義された

市はこの構想の目的を、市民が胸を張って誇れる「類を見ない健康な都市」と表現していると公開資料に記載している。あわせて「市民の皆さんが健康に暮らすためには、一人ひとりの心身の健康を増進することはもとより、様々な不安や課題を地域で解決しながら、安心して明るく快適に生活できるまちを実現することが必要」ともしている。健康は個人の体調管理の範囲にとどまらず、暮らし全体の設計として扱われている——というのがこの一文の趣旨だ。

同じ土地の健康の物語としては、佐久総合病院の予防医療の歴史を追ったぴんころ地蔵の記事もある。あちらが半世紀かけて積み上がった医療と信仰の物語だとすれば、こちらは現在も更新され続けている行政の設計図という、また別の軸の話になる。

平均寿命でも受診率でもなく、「感じ方」を定期的に聞く

市の公開資料を見るかぎり、この構想(2011年12月策定分)に具体的な数値目標は明記されていない。かわりに置かれているのは、次の一文だ。「市民の皆さんが日常生活で感じる『健康感』『幸福感』『住みやすさ感』の3項目の向上について、市民アンケートを定期的に実施することによって把握していきます」。実際に「平成24年度佐久市の取り組みへの満足度・重要度及び住みやすさ感・健康感・幸福感に関する市民アンケート」という調査が行われている(市サイトへの掲載は平成25年1月24日)。測る対象は、検診の受診率でも病床の数でもない。構想が言葉にしているのは、市民自身が日々どう感じているかという、主観の3項目である。

ただし、市の健康づくり全体が数値目標を持たないわけではない。市はその後「第3次佐久市健康づくり21計画」を策定しており、この計画には目標値が50項目近く並ぶ。たとえば健康寿命は「男性81.0歳・女性85.5歳」という具体的な数字で目標が組まれている。健康増進法第8条にもとづく計画なので、これは自然なことでもある。数値目標を持たない設計を選んだのは、あくまで2011年の構想レベルの話であって、市の健康行政全体がそうというわけではない。

数字を追わない設計は、個人の整え方にもそのまま応用できる

健康の目標といえば、体重や血圧、歩数といった数値がまず浮かぶ。数値は追いやすく、他人とも比べやすい。ただしその追いかけ方は、数字が下がれば不安になり、上がれば安心するという一喜一憂を生みやすい、と私には映る。佐久市の構想が数値目標のかわりに「感じ方」を定期的に聞く設計を選んだ背景にも、健康というものが検査結果の一覧だけでは測りきれない、という判断があったのではないか。これは個人の整え方に置き換えても、そのまま使える視点だ。体重計の数字より、今日一日をどう感じたか。心拍数や睡眠のスコアより、暮らしやすさそのもの。町の設計図が、そのまま個人の物差しの見直し方として読めてしまう。

まず、今日の「感じ方」を一言だけ書き留めてみる

  1. 体重や歩数を確認する前に、「今日はどう感じたか」を一言だけメモしてみる。佐久市が市民アンケートでやっていることを、個人の日記の中で小さくやるだけでいい。
  2. 住んでいるまちの健康計画・総合計画を一度検索してみる。数値目標だけの計画か、感じ方まで拾う設計になっているか、比べてみると発見がある。
  3. 佐久を訪れる機会があれば、車を降りて畑のあいだの道を少し歩いてみる。

数値目標のかわりに掲げられた3つの「感」は、派手な統計としてではなく、この土地の行政運用の中で、今もひっそり測られ続けている指標なのだろう。

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