心拍変動(HRV)とは、心臓が打つ間隔のばらつきのことだ。安静時心拍60、と聞くと1秒に1回きっちり打っている絵を思い浮かべる。実際の心臓は、そんな几帳面な打ち方をしていない。0.98秒、1.04秒、0.95秒——1拍ごとに間隔が違う。そのばらつきの大きさを測る指標が、リカバリー系のリングやウォッチに載っているHRVという数字である。
そろっていないほうが、健やかとされている
米トゥルーマン州立大学のフレッド・シェイファーらは2017年、心拍変動の指標と基準値を整理したレビューを学術誌『Frontiers in Public Health』に発表している。そこでの定義は明快で、心拍変動とは連続する心拍の間隔(拍間隔)の変化を指す。指標には時間領域・周波数領域・非線形の3系統があり、24時間の記録、約5分の短時間記録、5分未満の超短時間記録では、それぞれ性質の違う数字が出るとされる。
直感に反するのは、この数字が「大きいほうが良い」という向きで語られる点だろう。時計のように正確な脈が優秀ではなく、揺れているほうが望ましい。同レビューは心拍変動が健康や実務上のパフォーマンスとどう関わるかを論じており、揺らぎの幅は体が状況に応じて心拍を調整できる余地の広さとして読まれてきた。深呼吸をすれば間隔は伸び、階段を駆け上がれば縮む。その振れ幅が小さくなるのは、手綱の遊びが減っている状態にあたる、というわけだ。
ここは慎重に断っておきたい。心拍変動は体調を判定する検査ではないし、数字が低い日が続いたからといって何かの病名に結びつけて考える種類の指標でもない。あくまで、生活と体の反応を眺めるための窓のひとつだ。
数字は、他人と比べた瞬間に意味を失う
シェイファーらのレビューがくり返し強調しているのは、基準値の扱いの難しさだ。記録した時間の長さ、年齢、性別によって基準となる値は変わり、24時間・短時間・超短時間の基準値は互いに置き換えられない。つまり、他人の数値と自分の数値を並べても、そこから読み取れるものはほとんどない。
この性質は、リカバリー系ガジェットとの付き合い方を決めてしまう。友人の値より低い、去年より低い、機種を替えたら下がった——どれも意味のある比較にならない。使えるのは、同じ機器で、同じ姿勢で、同じ時間帯に測り続けた自分のデータの並びだけだ。睡眠スコアの記事にも書いた話だが、計測ガジェットはその日の値そのものではなく、傾きを読むための道具として設計されている。
そして、揺らぎを取り戻す入口として最初に触れるべきものは、たぶん呼吸だと思う。呼吸は心拍と直につながっていて、しかも自分の意思で速度を変えられる数少ない身体機能だ。ため息呼吸の記事で紹介したような、吐く時間を長くとるやり方を1日数分。数字を上げにいくためではなく、揺らげる状態に戻すために。
測るなら、朝いちばんの同じ条件で
- 測定は起床直後、座った姿勢で、毎日同じ時刻に。 条件がそろっていない数字は、並べても線にならない
- 見るのは1日ごとの上下ではなく、1〜2週間の傾き。 前夜の飲酒や遅い夕食が翌朝どう出るかを、自分の体で確かめる材料にする
- 他人の値、他機種の値とは比べない。 基準値は測り方と年代で動くという、レビューの結論そのままに扱う
数字が低い日が続き、しかも体がしんどいなら、ガジェットではなく医療機関に相談してほしい。窓は窓であって、診断ではない。


